猫カフェで見つけた、コロナ禍で失った「質感」

ここ4ヶ月くらい、月に12回、お気に入りの猫カフェに通っています。行くのはだいたい週末、絶対にこの日とは決めていなくて、なんとなく「あぁ、そろそろ猫パワーが足りなくなってきたな、チャージしに行かなきゃ!」って感じた時。いわば、メンタルが、猫の舌みたいにザラザラ、トゲトゲになってきた時。

でも、もともとは特別、猫を好きな方ではありませんでした。

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「人生はラグビーボールのようなものである」ー私が大阪府民になった理由

2020年上半期、世界はコロナで大きく変わってしまいましたが(そして今も続いているけれど)私にとっても、厳しい半年間でした。出口の見えない、細く暗く長いトンネルの中をずっと彷徨っていました。 Continue reading “「人生はラグビーボールのようなものである」ー私が大阪府民になった理由”

その壁は扉かも。~令和元年、一歩踏み出す「動く勇気」を持ちたい人へ

この春、社会人9年生を迎えました。
ふと振り返ると、ターニングポイントには、必ず「動く勇気」が伴っていたように思います。たとえ、期せずして訪れた受動的なチャンスだったとしても、そこに向かい一歩踏み出すかどうかは自分しだいで、必ず能動的なエネルギー、勇気があったはずだから。 Continue reading “その壁は扉かも。~令和元年、一歩踏み出す「動く勇気」を持ちたい人へ”

隔てていたのは国境ではなく心の境界線だった-There is no border between us-

境界線は日本とオーストラリアの間じゃなくて、私自身の中にあったんだ-
この年末年始に、オーストラリアのブリスベンを再訪して気が付いたこと。2018年2月の帰国以来、初めての再訪でした。 Continue reading “隔てていたのは国境ではなく心の境界線だった-There is no border between us-“