#祖母と暮らせば 最終回〜「人生100年時代」に祖母から学んだこと

オーストラリアへの引っ越しを控え、大阪での祖母との共同生活に終止符を打ち、神奈川の実家へと引き上げました。

約2年間にわたり、SNSや本ブログで綴ってきた「#祖母と暮らせば」シリーズもこれで一区切りです。
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悪いものは検疫を通れないから、空港から先には行けない。

2022年3月末、約10年間英語教材編集者として勤めた株式会社Z会を退職しました。

東日本大震災直後の2011年4月に入社してから早11年。

途中2017年に1年間のオーストラリア留学を挟み、曲がりなりにも10年、教育出版・サービス業に身を置き、入社動機であった「英語教材制作を通じて、全国各地の先生・生徒の役に立ちたい」という想いを形にできたのは一つの誇りになりました。

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なぜ母親たちは「結婚したら忙しくなるよ」と娘に言うのか〜世代差から来る「モヤる言葉」を割り切るために

「相手は他意も悪意もないのだけれど、なんか自分の中ではずっとモヤモヤして残ってる」ーそんな「モヤる言葉」に出会うことは男女問わず日々たくさんあると思います。
今回はそんな「モヤる言葉」の中で、私(33歳・女性・独身・婚約者はいるが海外在住)が最近言われてモヤったこと、それにどう気持ちの折り合いを付けたらよいのかを探ってみました。
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「シンパシー」ではなく「エンパシー」をー誕生日、延暦寺での母との対話から

先日、33歳の誕生日に約1年ぶりに母親と会いました。
緊急事態宣言がようやく明けたからと、神奈川から大阪まで弾丸で来てくれ、一緒に比叡山に登り一日たくさんのことを話しました。
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「人生はラグビーボールのようなものである」ー私が大阪府民になった理由

2020年上半期、世界はコロナで大きく変わってしまいましたが(そして今も続いているけれど)私にとっても、厳しい半年間でした。出口の見えない、細く暗く長いトンネルの中をずっと彷徨っていました。 Continue reading “「人生はラグビーボールのようなものである」ー私が大阪府民になった理由”

隣の芝はいつだって青いから、ただ自分が選んだ道を行け

大学、新社会人~3、4年目くらいまでは皆大体同じようなレールを辿っていたものが、30歳を過ぎると、転職、独立、結婚、出産…など、「選択した結果」の違いが如実に形に表れてくる。そしてそれが、同窓会といったリアルな場だけじゃなく、SNSを通じて日々の中で否応なく可視化され、つい自分と比較してしまうアラサー世代は多いのでは。今回はそんな分岐した道で感じる「ちょっとした生きづらさ」をテーマにしたお話。 Continue reading “隣の芝はいつだって青いから、ただ自分が選んだ道を行け”