「彩佳さんはブリスベンで誰の天使になりますか?」〜オーストラリア生活、始めました

4月末日、祖母と約2年間暮らした大阪から、相方(婚約者)の暮らすオーストラリア クイーンズランド州ブリスベンに引っ越しました。

GW直前の羽田空港国際線ターミナルはまだ閑散としていて、見送りに来てくれた両親に何かご馳走でもと思っていたのに、飲食店も土産物屋もほとんどが休業中だったほどです。

羽田~ブリスベンのカンタス航空直行便はまだ運行しておらず、シドニー経由で国際線から国内線へのトランジットが必要でした。羽田空港の静けさが嘘のようにシドニー空港の入国審査は各国からの人でごった返しており、国内線の乗り換えをやむなく1本遅らせることになったほど。日本では「海外旅行はしばらく先かな・・・」という感がまだ強いですが、世界はもう着実に再始動していると肌で実感しました。

羽田からシドニーまでの夜行便に乗っている間は、大阪の祖母や、空港での母親との別れを思い出し、真っ暗な機内の座席で一人目を潤ませていました。シドニーからブリスベンまでの国内線に乗り、機内Wi-fiで到着予想時間の連絡を取り始めた頃になりようやく初めて「相方に会える」という実感が湧き始めたのでした。

その気になれば飛行機でたった一晩で、会いに行ける距離なのに。

なのに、ここまで2年半もかかった。

ただでさえ1年以上かかる婚約者ビザ取得までの待機期間。そこにコロナによるオーストラリアの長期鎖国と航空便の運休が重なり、日本からすっかり遠い場所になっていました。それでもなんとか踏ん張って、ようやくここまで来た疲労感と達成感からでしょうか、「おめでとう」という言葉以上に、「本当によくがんばったね」という、内情を知る、知人・友人たちからの言葉がとても深く身に染みました。

2年半ぶりのオーストラリアの空はコロナ前と変わらず青く、夕焼けは美しく、大阪や東京のそれよりもずっと高く見えました。南半球は秋から冬に向かう頃というのに日中は汗ばむほどで、街中はほとんどみんな半袖・半ズボン。相変わらず多民族・多人種で肌の色も目の色もてんでんバラバラな人たちが歩いている。携帯電話や銀行の手続き一つとっても、みんな気さくでリラックスしてフレンドリー。あぁ、5年前に自分が暮らしていた地にようやくこうして戻ってきたんだ。少しずつ脳と体をチューニングしながら実感が湧いてきたところです。

「彩佳さんはブリスベンで誰の天使になりますか?」
この一言は、放送作家・脚本家であり『くまモン』の生みの親である小山薫堂先生がくださった言葉です。薫堂先生の著書『妄想浪費』の感想を、先生が出演されるPodcast番組『裏フューチャースケープ』(FMヨコハマの長寿番組「フューチャースケープ」の番外編)にお送りしたところ、書籍にサインと共にこの言葉を添えてくださりました。

5年前の、1年間限定だった社会人留学とはまた異なる、「移住」という形での2度目のオーストラリア生活。オーストラリアらしい、のどかな郊外の住宅街にある平家の屋根の下、相方と猫2匹との暮らしが始まりました。

これからどんな出会いが待っているんだろう。

自分の新しい家族を、そしてまだ出会っていない誰かをハッピーにできる天使に、私はこの地でなれるだろうか。

まだ座り慣れない新しい自宅のデスクで、薫堂先生の手書きのメッセージを眺めながら自分に問う、秋の夜長です。

I wanna make you happy much more than you do for me.

Ayaka